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東京地方裁判所 平成5年(ワ)866号 判決

原告

原田明

右訴訟代理人弁護士

神田高

井上幸夫

被告

日本マーク株式会社

右代表者代表取締役

山縣延樹

右訴訟代理人弁護士

牛嶋勉

主文

一  原告が被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は原告に対し、二四四一万五三六〇円及び平成七年七月以降本判決確定の日に至るまで毎月二五日限り七六万二九八〇円を支払え。

三  原告の請求のうち、被告に対し、通勤手当の支払を求める部分を棄却する。

四  本件訴えのうち、被告に対し、本判決確定の日の翌日以降の金員の支払を求める部分を却下する。

五  訴訟費用は、被告の負担とする。

六  この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  主文一と同旨

二  被告は原告に対し、二五〇六万二〇八〇円及び平成七年七月以降毎月二五日限り七八万三一九〇円を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告から原告に対してなされた主位、予備の二度にわたる解雇の意思表示はいずれも無効であるとし、被告に対し、雇用契約関係の確認及び主位的解雇以降の賃金の支払いを求めた事案である。

一  争いのない事実等

以下の各事実は、括弧書きで証拠を掲げたものの他は、いずれも当事者間に争いがない。

1  被告は、ソフトウェアの作成、開発、輸出入、販売及び賃貸等を業とする株式会社である。

2  原告は、平成二年八月、職務を業務部マネージャーと特定して被告に入社し、被告肩書地に所在する新宿第一生命ビル(以下「新宿第一生命ビル」という。)四階の被告本社において勤務していた。

3  原告は入社後、生産ラインの管理(マーケティング・セールス・契約・検収・売上伝票・回収・メンテナンス)、イベントの開催(立案・企画・実行)、労務管理(就業規則の作成・福利厚生全般・労災・健康診断・出席簿・有給休暇・募集・採用・パートタイムの手配)、渉外等の職務を女性秘書一名の補助で遂行してきた(〈証拠・人証略〉)。

4  被告における昭和六二年以降の代表取締役は山縣延樹(以下「山縣社長」という。)であった(〈証拠・人証略〉)。訴外長谷川淳子(以下「長谷川」という。)は、平成三年四月ないし同年九月まで、同鈴木薫(以下「鈴木」という。)は、平成四年一月ないし同年一〇月まで、いずれも原告の秘書であった。被告は平成三年七月に大阪営業所を開設し、訴外松井保(以下「松井」という。)が同営業所所長に就任した。

5  山縣社長は、平成四年一〇月二八日、原告に対し被告就業規則(以下「就業規則」という。)一八条七項に該当するとし、同日付けで普通解雇する旨の意思表示(以下「主位的解雇」という。)をし、解雇予告手当を提供した。

6  被告は、平成七年六月一二日、当裁判所の本件第一七回口頭弁論において、原告が被告の許可なく平成五年六月以前から埼玉県川口市(以下、略)所在のマンション「ウメヅクリニックビラ」の管理人として就労し、収入を得ていることが就業規則二六条三号に違反し、七一条に該当するとし、原告に対し予備的に解雇する旨の意思表示(以下「予備的解雇」という。)をし、解雇予告手当の受領を催告した。

7  原告の賃金は、年俸を定めてこれを一二ヶ月に分割して支払うものとされ、平成四年一〇月時点における一ヶ月の賃金額は、基本給七三万六〇〇〇円、手当二万六九八〇円、通勤手当二万〇二一〇円の合計七八万三一九〇円であった。又、被告では、賃金支払は、毎月一日から末日までの賃金が同月二五日に支払われることとなっていた。被告は、原告に対し、主位的解雇以降の就労を拒絶し、その後は賃金を支払っていない(〈証拠・人証略〉)。

8  就業規則には以下のような規定が設けられている。

一八条 従業員は次の各号の一に該当するに至った場合には退職させる。

七号 従業員の就業状況が著しく不良で就業に適しないと認められる場合。

二三条 従業員は規則を守り上司の命令に従い誠実に職務を遂行しなければならない。

二六条 従業員は次の各号の行為をしてはならない。

一号 会社の名誉をき損し信用を傷つけること

三号 自己の計算で営利行為をなし、若しくは会社の許可を受けずに他の会社の業務又は他の職業に従事すること

二八条 会社の業務に関して次の各号に掲げる事項については予め会社の許可を受けなければならない。

一五号 その他重要と認められる一切の事項

三四条 勤務時間中は原則として私用のための外出は認めない。但し、止むを得ないと認められた場合で所属長の許可を得た場合はこの限りではない。私用外出の時間は勤務時間には含まない。勤務時間中は社用で外出する場合においても、必ず、行先、用件、連絡方法、所要時間等を所属長に届けるものとする。

七一条 規則に違反し又は不都合の行為があった者は処罰する。

七三条 前条の処罰の程度を次の如く定める。

七号 解雇する場合には三〇日前に通知する。この通知を受けた従業員は新しい就職口を求めるため、勤務時間中の外出を許可される。解雇が直ちに有効となる場合には会社は解雇期日の三〇日分の平均賃金を支給することによって前項に規定した通告に代えることができる。

二  争点

1  本件口頭弁論終結後に発生する金銭債務の履行を求める請求に関する訴えに、訴えの利益が存在するか。

2  主位的解雇につき解雇事由が存在するか。

3  主位的解雇は解雇権の濫用となるか。

4  予備的解雇の有効性。

三  当事者の主張

1  争点1(本件口頭弁論終結後に発生する金銭債務の履行を求める請求に関する訴えに、訴えの利益が存在するか)について

(被告)

本件金員支払請求のうち、本件口頭弁論終結後に発生する金銭債務の履行を求める訴えは、将来給付の訴えであり、予めその請求をする必要がなく、訴えの利益がない。

2  争点2(主位的解雇につき解雇事由が存在するか)について

(被告)

原告は、被告において就労中、以下のような様々な言動を行った。これらは就業規則一八条七号に該当し、被告は就業規則七三条七号の手続に従って主位的解雇をしたものである。

(一) 原告の業務部マネージャーとしての適格性に欠ける言動について

(1) 鈴木に対する言動

〈1〉 原告は、平成四年四月下旬頃、鈴木を会議室に呼び、「俺は今まで生きてきて一度も間違ったことを言ったことはないから、俺の言うことさえ聞いていればよい。」「会社の中にはいろいろ君を唆して俺を陥れようとする人がたくさんいるが、そんな人たちの言うことを聞いてはいけない。」「俺を陥れようとしても無駄だ。」等と、仕事に直接関係のない不適切な話を約三時間にわたって行い、そのときの態度も、椅子に浅く腰掛けて背もたれにもたれかかり、両足を前方に投げ出し、鈴木を指さしながら行うという著しく不適切なものであった。そして、原告は、その話の後自席で泣いていた鈴木に対し、「そうやって泣いていると私が悪く見られるからやめろ。」等と言った。

〈2〉 鈴木は、平成四年七月頃、原告に対し来客がある旨を伝えたが、相当時間を経過しても原告が応対しなかったため、同人のブースの外から「お客様が応接でお待ちですが。」と原告に声をかけたところ、原告は鈴木を応接室に呼び「秘書としてマネージャーに対する態度がなっていない。俺に対する敬意の払い方が足りない。」「俺が気に入らないのならいつでも辞めてもらって構わない。」「そういう態度を直せないのなら、いつか殴られないよう気をつけろ。俺は、以前営業の者も殴ったことがある。」「俺を陥れようとしても無駄だ。」といった話を約二時間にわたって行った。このとき原告は相当激昂し、コーヒーカップを持つ手が大きく震えており、鈴木は本当に殴られると思った。

〈3〉 原告は、平成四年一〇月中旬頃、鈴木を応接室に呼び、鈴木の解雇について山縣社長に何の断りもないまま「君は改善が見られないので首にする。」「山縣社長に俺が話せばいつでも君を首にできる。」「俺が君を甘やかしすぎていて良くないと社長をはじめ皆が言っている。俺はこんなに君をかばっているのに君が態度を変えないのは許せないので、首にしてやる。」といった話を約二時間にわたり行った。

(2) 長谷川に対する言動

〈1〉 長谷川は体調が悪く病院への通院を繰り返しており、原告は、そのことを十分知っていたが、平成三年九月一九日、長谷川が原告と話をした後自席で泣いていると、長谷川に対し突然「もういいから帰ってくれ。」「あんたがそういう感じで泣いているから、俺がいじめているように誤解されるんだ。」「とっとと帰ってくれ。」ということを繰り返し怒鳴って言った。長谷川は、同月二九日付けで退職した。

〈2〉 原告は、平成四年一月下旬、長谷川の退職した事情についての問い合わせを受けた折り、「秘書なんてもんじゃなかった。」「気が強くて、すごかったですよ。」「私は恐ろしくて普通に話ができなかった。」等という話を自席やセミナールームで約八〇分にわたって話し、長谷川の再就職を妨害し、長谷川を雇用していた被告の信用を傷つける異常な対応をした。

(3) 清掃人に対する言動

原告は、トイレで手を洗った際、周囲を水浸しにし、鏡に水をはじきとばして女性清掃人から注意された折り、同人に対し、「うるせー、これは俺の癖なんだ。おまえは掃除していればいいんだ。」「水をはね散らかすのは俺の家系だから、びしょびしょにしてもしょうがないじゃないか。」「管理費を払っているんだから、生意気な口のきき方をするな。」「くそばばー。」「お前は育ちが悪いから心が曲がっているんだろう。」「首にしてやる。」等と、約四〇分間にわたり怒鳴って大騒ぎし、ビルの管理人まで引っぱり出した。当時新宿第一生命ビル四階には三菱銀行店舗他各社の事務所が入っており、それらの社員がトイレを覗き、中には「ひどい人だ。おばさんは絶対に悪くない、俺が証人になってやる。こんな人のいる会社の人たちがかわいそうだ。」と言った者もいた。

(4) 社会保険労務士に対する言動

〈1〉 原告は、平成三年一一月下旬頃、健康保険被保険者証の書換えに当たり、被告が依頼している小口労務管理事務所から、被保険者が学生である場合には学生証のコピーを提出して欲しいという依頼がなされた折り、大した理由もないのに右依頼を拒否し、電話で小口に対し、ほとんど一方的に怒鳴るように二時間半以上にわたり文句を言い続けた。原告は山縣社長から説得されてようやく学生証のコピーを提出したが、被告の業務の進捗に支障を与え、小口や周囲に大きな迷惑をかけた。

〈2〉 原告は、就業規則改訂の原案作成に当たり、小口から訂正すべき点等を指摘された折り、「俺のやった仕事にいちゃもんをつけないで、この就業規則は合法的で適当であると、先生の名前で一筆書いてくれ。」と依頼し、適正な業務処理を阻害する言動をした。

(5) 消防訓練の際の行動

新宿第一生命ビルにおいては、総合自衛消防訓練が平成三年一一月二一日に実施されることとなり、同日は右消防訓練とかねてから被告が予定していた四日間にわたるコンピュータのマッキントッシュの講習会のうちの一日が重なることとなった。右講習会の日程は原告が設定したものであり、原告は、日程の重複が判明した同月五日以降、講習会の日程調整を行うことが十分可能であったにもかかわらずこれをしなかった。また原告は被告における防火管理者であり且つ自衛消防地区隊編成表における副隊長であった立場上、消防訓練への出席を優先するべきであるにもかかわらず、当日は講習会に優先的に出席し、消防訓練は、エンジニアリング部マネージャーの立石源治や新入社員の荒川貴道に出席を依頼し、自らは講習会に出席した後遅れて消防訓練に出席した。

(6) 小林グループマネージャーと意見が対立した際における言動

原告は、社内において顧客に対するデモンストレーションを実施している最中であるにもかかわらず、エンジニアリング部の小林グループマネージャーとの間で業務上の意見対立が生じたことから感情的になり、繰り返し怒鳴った。その怒鳴り声は顧客にも届いており、被告は営業上悪影響を受けその名誉及び信用が著しく損なわれた。

(7) 大阪営業所に出張した際の言動

原告は、平成四年五月、大阪営業所に出張した際、同営業所長松井が原告の意見に同調しないことに立腹し、感情的になって怒鳴った。

(二) 原告の就業規則違反の行為について

(1) 上司に対する反抗

新入社員である訴外石川覚志の本社における社員研修初日であった平成四年一〇月一二日、山縣社長は研修担当の原告が不在であったため事前に研修のスケジュール等の確認をすることができないまま研修を開始したが、原告が戻ったのでその点について尋ねたところ、原告は「先日お話ししたでしょう。」と、一〇日以上前に行った説明を指して言った。そこで山縣社長が「あれからスケジュール、内容の変更があるかもしれないのに、なぜ再確認をしなかったのか。今日、健康診断で再確認ができないならメモを残すとかできなかったのか。」と尋ねると、原告は先と同様の返答をし、山縣社長が原告に研修スケジュールを提出するよう求め部屋を出ようとしたところ、原告は、社長の肩が触れる程の距離に立ちふさがって、「座りなさい。」「あなたは若い。何も分かっていない。年上の人を敬いなさい。」等と述べた。原告の右言動は、山縣社長に対し、あらわに反抗し、侮辱し、職場秩序を著しく乱したものであり、就業規則二三条に違反する。

(2) 社印の無断作成及び私用

原告は、平成四年七月二七日、無断で角印の社印を注文して作成した。山縣社長は、同年八月三日にこれを知って原告に対し、厳しく注意すると共に、不正に使用しない旨の誓約書を提出するように指示した。原告はこのとき右社印の使用目的は健康保険関係の手続のみであると述べ、同日付けで「使用に際しては、管理に十分注意し、迷惑はかけません。」と記載した社印使用届を提出したが、無断で健康保険関係の手続以外の種々の目的に右社印を使用した。右行為は就業規則二八条一五号、二三号に違反する。

(3) マンスリー・レポートの不提出等

原告は、活動内容を詳細に報告したマンスリー・レポートを、毎月活動月の五日迄に署名を付して提出するよう山縣社長から指示されたが、平成四年六月分レポートは提出期限後である同年七月五日を経過した同月二二日付けで提出した上、その後は一切提出しなかった。これは、就業規則二三条に違反する。

(4) 外部の者に対する被告及び山縣社長の悪口の放言

原告は、同人が無断で契約した日本テレコム株式会社との契約を山縣社長が承認しなかったところ、テレコムインターナショナルの社員に対し、電話で「彼は気が小さいから、まだ若いから。」等と山縣社長を指して述べ、同社長を非難した。原告は社外の人と会う機会が多く、右以外の折りにも被告や山縣社長の悪口を述べていた。これらの行為は就業規則二六条一号に違反する。

(5) 無断外出

原告は、誰にも連絡しないで三〇分から一時間以上も席を外すことが多く、そのため原告に連絡が取れず、業務上支障が生じて困ることがしばしばあった。このことを山縣社長が注意したところ、原告は「いちいち誰かに断って席を外さないといけないとしたら、仕事ができません。」等と返答して反抗し、その後も態度は改まらなかった。これは、就業規則三四条に違反する。

(原告)

解雇事由の存在について争う。

3  争点3(主位的解雇は解雇権の濫用となるか)について

(原告)

主位的解雇は合理的理由なくされたものであって、解雇権の濫用であり、無効である。

(被告)

被告は、原告に特段の能力を期待し、総務・人事・渉外を統括する「業務部マネージャー」と職務を特定して原告を雇用し、その職務にふさわしい高額の給与を支払っていた。しかるに、原告は、被告の社員としての適格性に欠け、特に業務部マネージャーとしての適格性に欠けていたものであり、しかも、重大な就業規則違反を繰り返していたものである。このような場合、被告のような少人数の会社では、他に原告を就けることのできる職務など存在しないから、就業規則一八条七号に該当していた原告を普通解雇したことは何ら不当ではない。

4  争点4(予備的解雇の有効性)について

(被告)

原告は平成五年六月以前から埼玉県川口市(以下、略)所在のマンション「ウメヅクリニックビラ」の管理人として就労し、推定月額三〇万一〇〇〇円以上の収入を得ており、これは就業規則二六条三号に違反し、七一条に該当する。

(原告)

解雇事由該当性につき争う。

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件口頭弁論終結後に発生する金銭債務の履行を求める請求に関する訴えに、訴えの利益が存在するか)について

被告は原告に対し、主位、予備の二度にわたる解雇の意思表示を行い、現在も原、被告間の雇用契約関係の存在を否定して本訴訟において争っている上、主位的解雇の後は、賃金仮払を認容した仮処分決定が裁判所から発せられることにより、ようやく原告に対し、その生活に必要な金額に限って賃金を仮払いしている状態であるのだから、本件口頭弁論終結以降に生ずべき原告の賃金を、被告が自発的に支払うことは到底期待できない。そうすると、原告は、本件口頭弁論終結後に発生する賃金についても、被告に対し、予め請求をする必要があるといえる。もっとも、判決確定後においては、被告による任意の履行を期待できるので、右将来給付を求める訴えについては、本判決確定日までは訴えの利益が認められるが、その翌日以降は訴えの利益が認められないとするのが相当である。

二  争点2(主位的解雇につき解雇事由が存在するか)について

(1)  後掲の各証拠、前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実をそれぞれ認めることができる。

〈1〉 鈴木に対する言動について

鈴木は平成四年一月に被告に入社して以来主位的解雇が行われるまで原告の秘書であった。原告は鈴木を非常に勝ち気な性格の持ち主であると感じており、その性格に由来する言葉遣いや態度が秘書として問題があると考えていたため、同年四月下旬、会議室において言葉遣い等についての注意をした。又、原告はその後も鈴木が原告のブースの外から原告に対して来客がある旨を大声で伝えたことについて鈴木に注意をし、更に外の機会にもマナーについての注意をした。(〈証拠・人証略〉)

〈2〉 長谷川に対する言動について

長谷川は、平成三年四月から同年九月まで原告の秘書であり、まじめで育ちの良さそうな印象を与える女性であったが、身体が弱かった。長谷川は、平成三年九月一九日腹痛を起こし、訴外中村佐由里にタクシーで自宅まで送られ、その料金は右中村が立替払いし、後日原告がこれを被告に請求する手続をとった。長谷川は平成三年九月二九日付けで退職する旨の退職届を同月二七日に提出した。平成四年一月下旬、横浜市中区の卸会社から長谷川が退職した事情についての問合わせが被告にあり、原告が対応した。(〈証拠・人証略〉)

〈3〉 清掃人に対する言動について

平成四年三月下旬頃、原告は、新宿第一生命ビル四階のトイレにおいて手を洗った際、女性の清掃人から注意されたことを契機として、同人と言い合いになり、九階の管理事務所に行き、担当課長に現場を示して、状況説明をした。後日、清掃会社の理事及び担当課長が来社し、原告に対し清掃人の態度について謝罪した。(〈証拠・人証略〉)

〈4〉 社会保険労務士に対する言動について

原告は、平成三年一一月下旬頃、健康保険被保険者証の書換えに当たり、被告が依頼していた小口労務管理事務所から、被扶養者の調査のため、被扶養者が学生である場合には学生証のコピーを添付することを求められた。原告は、原告が社会保険事務所に確認した折り学生証は不要であると言われたことから、小口労務管理事務所にその旨伝えて確認をし、その後、原告の被扶養者である長男について小口労務管理事務所の指示に従い、学生証のコピーを提出した。又、原告は平成四年六月頃、就業規則見直しのための原案を作成して小口労務管理事務所を訪れ、その際小口から気が付いた点を二、三指摘された。(〈証拠・人証略〉)

〈5〉 消防訓練の際の行動について

新宿第一生命ビルにおいては、全国秋の火災予防運動の防災行事の一環として、総合自衛消防訓練が平成三年一一月二一日に実施されることになり、同日被告においては、右訓練とかねてから予定していた四日間にわたるコンピュータのマッキントッシュの講習会のうちの一日が重なることとなった。原告は、右講習会の責任者であり、原告はその日程を、講習会を担当するキャリアスタッフ株式会社の講師と被告において受講を希望する六、七名の社員との都合とを調整した上で設定していた。消防法八条の二に基づいて定められ、新宿消防署へ提出された消防計画においては、原告が被告の防火管理者とされており、又、山縣社長が自衛消防組織の地区隊長、原告が同副隊長とされていた。消防計画において防災(ママ)管理者は、消火、通報、連絡、非難誘導訓練等の計画とその実施及び従業員に対する防災教育の実施及び指導等の業務を行うものとされ、又、従業員は防火管理者が指定した防災訓練に業務に支障がない限り全員参加しなければならないとされていた。一一月二一日の消防訓練における被告の役割は何人かが非常階段を一階に降りて集まることであり、原告は、講習会への出席を希望していたことから、被告従業員の立石源治及び同荒川貴道に対し、原告の代わりに一一月二一日の消防訓練に出席して欲しい旨の依頼をした。原告は右当日、最初講習会に出席したが、中座して消防訓練に約一時間参加し、その後再び講習会に参加した。消防訓練は特に問題なく終了した。(〈証拠・人証略〉)

〈6〉 小林グループマネージャーと意見が対立した際における言動について

原告は、平成四年初め頃、印刷の発注先について小林グループマネージャーと会議室入り口前で話し合っていたが、会議室では顧客のためのデモンストレーションが実施されていたので、その妨げにならないようにとの配慮から、会議室の脇に回り、会議室から若干離れた場所に移動した。しかし、原告が怒鳴り声を上げたため、その声が会議室にまで届いた。(〈証拠・人証略〉)

〈7〉 大阪営業所に出張した際の言動について

原告は、平成四年五月一日、技術スタッフの採用問題及び健康保険関係の加入説明に関する会議のため、大阪営業所を訪れた。そして、同日午前中、大阪営業所長松井と名古屋地域に関する営業を東京と大阪のいずれの管轄にするかという問題について話した際に口論状態となり、興奮して怒鳴り声を上げた。松井は山縣社長に電話して原告をなだめるよう依頼し、原告は山縣社長と話をするうちに落ち着きを取り戻した。その後原告及び松井は一緒に昼食をとり、午後からは予定した会議を実施し、当日予定していた会議は全て終了した。(〈証拠・人証略〉)

〈8〉 上司に対する反抗について

原告は研修の責任者であり、新入社員である訴外石川覚志に対し、大阪における平成四年一〇月一日ないし同月九日の研修に引き続き、同月一二日から東京における研修を実施するため、山縣社長に事前に研修内容を説明すると共に、同人から東京研修初日の同年一〇月一二日午前中に会社方針に関する講義を担当することについての了解を得、同人の講義日程等を記載した書面を交付した。原告は、大阪研修初日にオープニングを行いこれに立ち会っていたことから、東京における研修初日に再びオープニングを行うことを予定しておらず、また、一〇月一二日の研修内容に変更がなかったことから、当日の研修について山縣社長に再確認しなかった。一方、山縣社長は、以前東京で行った松井の研修の折りには初日に原告立会の下でオープニングを行っていたことから、今回も一〇月一二日に原告立会のオープニングを行うものと考えており、又、原告と研修のスケジュール内容を確認した上で担当の講義を行うものと考えていた。原告は、東京研修初日の一〇月一二日午前一〇時頃、山縣社長の講義が打ち合わせどおり実施されているものと思いつつ、予定していた健康診断を受診した後帰社したところ、社長室に呼ばれ、山縣社長から研修の再確認をしなかったこと等について強い口調で注意された。原告は、右叱責は当を得ていないと考え、山縣社長に対して反論し、その中で自分が山縣社長よりも年長者である旨の発言をした。(〈証拠・人証略〉)

〈9〉 社印の無断作成及び使用について

原告は、職務上社印の使用頻度が高かったが、業務部には社印がなく、必要な都度他から借りて使用していたため不便であり、社印作成の必要性を従来から強く感じていた。原告は平成四年七月二七日、訴外いろり商事株式会社に社印を発注して作成し、同年八月三日山縣社長に対し、「業務部で使用する社印を下記の通り届出ます。使用に際しては、管理に十分注意し、迷惑はかけません。」と記載した社印使用届を提出した。原告は右社印を、採用内定通知書、日本テレコム株式会社との間における電話サービス契約申込書、第二電電とのアダプター解約通知書、全国情報処理産業厚生年金基金JJK三千院保養所利用申込書、日本高速通信株式会社との電話サービス申込書、ソニー・テクトロニクス株式会社との間におけるソフトウェア使用契約書をそれぞれ作成するために使用した。(〈証拠・人証略〉)

〈10〉 マンスリー・レポートの不提出等について

山縣社長は、平成四年六月一六日付け書面で、各部のマネージャーに対し、各部における月々の活動を正確に把握するため、活動内容を詳細に報告したマンスリー・レポートを、サインを付した上、活動月の翌月五日限り、同年六月から提出するべき旨を指示した。原告は、マネージャーズ会議において月々活動報告をする際資料を提出していることから、これの他更にマンスリー・レポートを提出しなければならない必要性に乏しいと考えていた。原告は、同年六月分のマンスリー・レポートについては催促された後七月に入ってから提出したが、これにはサインが付されておらず、その後のマンスリー・レポートの提出は失念してしまい、同年一〇月二七日、全体会議用の資料を七月分から九月分のマンスリー・レポートに代えて提出しようとしたが、山縣社長から受領を拒絶された。(〈証拠・人証略〉)

〈11〉 外部の者に対する被告及び山縣社長の悪口の放言について

原告は、テレコムインターナショナルの従業員と電話で話していた折りに、「社長は気が小さい。」「社長はまだ若い。」等と述べたことがあり、又、株式会社日本マンパワーの従業員に対しても同様のことを述べたことがあった。(〈証拠・人証略〉)

〈12〉 無断外出について

原告は、保険組合の説明会、コンピュータの購買及び人材銀行に行く必要が存した場合等に、新宿第一生命ビルから外出したことがあった。又、被告には接客できる場所が応接室及び会議室の二ヵ所しかないため、山縣社長は接客場所として同ビルの一階の喫茶店を利用することを許しており、原告も接客のためにここを使用することがあった。原告は、誰かに行き先を告げて離席することもあったが、誰にも断らずに離席することもあったため、来客の折り等に秘書が困惑することがあり、山縣社長から離席する場合には秘書等に連絡をして行く様に注意をされたが、改まらなかった。(〈証拠・人証略〉)

(2)  「鈴木に対する言動」及び「長谷川に対する言動」に関する被告の主張のうち、前記認定を越える部分については、これに沿う証拠(〈証拠・人証略〉)が存するが、いずれも内容が不自然である上、反対趣旨の(証拠・人証略)に照らし、直ちに採用することはできない。長谷川の退職原因が原告にあるとすることについては、これを肯定する趣旨の(人証略)があるが、いずれも内容が抽象的で不明確で、直ちに信用することができず、他にこれを認めるに足りる証拠もないので、長谷川の退職原因が、原告の業務部マネージャーとしての適格性に欠ける言動のためであるとは認められない。又、「清掃作業員に対する言動」及び「社会保険労務士に対する言動」に関する被告の主張のうち、前記認定を越える部分については、これに沿う(証拠・人証略)があるが、反対趣旨の(証拠・人証略)に照らし、直ちに採用することができない。更に、「上司に対する反抗」の件につき、山縣社長から叱責を受けた原告が、前記認定を越えて、被告主張にかかる言動をしたことについては、証拠がないために認めることができない。そして、「社印の無断作成及び使用」の件につき、原告が事前に山縣社長の許可を得ずに社印を発注したとする点については、確証がないためにいずれとも認定することができず、原告が社印を健康保険関係の手続のみに限定して使用すると山縣社長に約束したとする点については、(証拠略)の社印使用届けには「業務部で使用する」と記載されているだけで、使用目的が限定されていないことや、原告の職務範囲は広く、社印の使用を健康保険関係の手続のみに限定すべき合理的理由に乏しいという事情が認められる他、反対趣旨の(人証略)に照らして認めることはできない。

(3)  解雇事由の存否について

以上からすれば、原告については、平成四年五月一日に大阪営業所に出張した際に、冷静さや適切さを欠いた言動を行ったこと及び山縣社長の指示に従った形でのマンスリー・レポートの提出を行っておらず、これが就業規則二三条に該当することがそれぞれ認められる。なお、消防訓練については、当日の講習会の日程をどうしても調整しなければならない状況であったとまでは認められないし、防火管理者としての原告の立場及び当日の消防訓練の内容に照らし、原告につき、業務部マネージャーとしての適格性を欠くほどの不手際があったとは認められない。原告が小林グループマネージャーとの意見対立の際怒鳴り声を出した点については、その声の大きさや内容及びそれにより営業上どのような悪影響を受けたかが明らかではないので、被告が主張するように、営業上悪影響を受け、名誉及び信用が著しく損なわれたとは認められない。テレコムインターナショナルの従業員等に対し、「社長は気が小さい。」等と述べたことについては、山縣社長を軽んじた発言ではあるが、それにより被告の名誉を毀損したり信用を傷つけたとは認められないので就業規則二六条一号に該当するとは認められない。無断外出については、就業規則三四条には、社用による外出の場合でも「必ず」行先等を所属長に届け出るべき旨が規定されているが、従業員が外出しようとする際に所属長が不在である場合や、外出がごく短時間で済む場合もあり、全ての外出において右届け出を要求することは実際上困難であることを考慮すると、同条はある程度の許容範囲を当然に予定している趣旨であると解されるところ、弁論の全趣旨によれば、原告については、所属長への届け出を行わずに社用で外出したことが推認されるものの、証拠上その頻度が明確ではないので、それが業務部マネージャーとして許容範囲を越える程度のものであったかどうかについては明確ではない。又、原告が私用のために外出したことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告につき就業規則三四条に該当する行為があったと認めることはできない。その他、原告の業務部マネージャー適格性について問題となるべき点は認められない。

そこで、就業規則一八条七号該当性について検討する。原告がマンスリー・レポートを指示どおりに提出しなかったことは、確かに就業規則二三条に該当しているが、このために被告の業務遂行上いかなる支障が生じたかについては、本件全証拠によるも明らかではないし、又、原告が大阪営業所に出張した際怒鳴って冷静さを欠いたことについても、その後間もなく山縣社長になだめられて落ち着きを取り戻し、予定どおり会議を遂行させているのであり、この他原告が外部の者に「社長は気が小さい」等と山縣社長を軽んじた発言をしたこと等既に認定済みの様々な事情や、被告が原告に特段の能力を期待し、総務・人事・渉外を統括する「業務部マネージャー」と職務を特定して原告を雇用し、その職務にふさわしい高額の給与を支払っていた等の事情を考慮しても、原告の就業状況が著しく不良で就業に適しなかったと認めることはできないので、原告が就業規則一八条七号に該当するとは認められない。

以上のとおり、原告についてはそもそも就業規則一八条七号に該当しないのであるから、争点3については判断する必要がない。

四(ママ) 争点4(予備的解雇の有効性)について

「会社の許可を受けずに他の会社の業務又は他の職業に従事すること」を禁止した就業規則二六条三号は、被告における労務遂行の阻害となることを防止することを主な目的として設けられた規定であると理解できるので、同号適用の対象となる従業員は、被告において現実に就労を継続していることが必要であると認められるところ、仮に原告が被告主張のとおり、平成五年六月以前から他の就労先において勤務し、そこから収入を得ていたとしても、原告は既に平成四年一〇月二八日に主位的解雇をされてからは、被告において現実に就労することができない状態に至っているのであるから、同号適用の前提を欠き、原告についてこれを適用することはできないものといわなければならない。又、原告が主位的解雇以前、現実に被告において就労していた間に、被告主張の就労先において就労していたことを認めるに足りる証拠もない。そうすると、原告については、右就業規則違反の事実は認められないのであるから、これを理由にした予備的解雇も無効であると認められる。

五  原告の請求の検討

1  雇用契約上の地位の確認について

以上のとおり、原告に対する解雇はいずれも無効であるので、原・被告間には雇用関係が存在し、原告は雇用契約上の権利を有する地位にあることが認められる。

2  未払賃金について

原告に対する解雇がいずれも無効である以上、原告は解雇期間中の賃金請求権を失わないので、その金額について検討する。

原告は主位的解雇以前、被告から基本給七三万六〇〇〇円、手当二万六九八〇円、通勤手当二万〇二一〇円の合計七八万三一九〇円を受領していたことが認められるところ、実費補償の性格を有する通勤手当を除外した基本給及び手当の合計額である七六万二九八〇円を未払賃金額算定の基礎とするのが相当である。そうすると、原告が、主位的解雇後の平成四年一一月から本件口頭弁論終結時である平成七年七月一一日までに受領すべきであった賃金は、合計二四四一万五三六〇円となる。尚、(証拠略)によれば、原告が土、日、祭日を除き、毎朝九時三〇分頃からウメヅクリニックビラにおいて、ゴミ集積場の整理及び清掃をしたりし、午後五時三〇分頃に同事務所を出ることが多いという事実は認められるものの、同(証拠略)によっても原告と同所関連の者との雇用契約の有無や、仮に雇用契約があるとした場合における就労時期及び賃金額を認めるには足りず、他にこれらを認めるに足りる証拠もないので、右解雇期間中の賃金から、中間収入の控除をすることはできない。

3  口頭弁論終結時以降の賃金請求について

既に認定したとおり、本件においては、口頭弁論終結後に発生する賃金の請求については、本判決確定の日に至るまでの間訴えの利益を認めることができるところ、被告における賃金支払日は毎月二五日であるから、原告については、被告に対し、口頭弁論終結後である平成七年七月以降本判決確定の日に至るまで、毎月二五日限り七六万二九八〇円の支払いを求める限度で理由があると認められる。

4  総括

以上のとおりであるから、原告の請求は、雇用契約上の地位の確認並びに未払賃金のうち基本給及び手当合計二四四一万五三六〇円及び口頭弁論終結時以降の賃金請求のうち平成七年七月以降本判決確定の日に至るまで毎月二五日限り七六万二九八〇円の各支払を求めた部分については理由があるのでこれを認容し、未払賃金のうち通勤手当を請求した部分については理由がないのでこれを棄却し、口頭弁論終結時以降の賃金請求のうち本判決確定の日の翌日以降の支払を求めた部分については、訴えの利益がないので却下することとする。

(裁判官 合田智子)

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